アトリエ青 Atelier Blue

画家・アートディレクター 石田泰也の日々の活動風景をお届けしています

やり残している事

東ヨーロッパへの旅が、一生行けなくなる場合を想定して、今一度、日本でやり残した事を立ち止まって考えてみようと思います。先ず一番興味がないのは自分が画家として大成する事です。そういう野心を完全に放棄した上で、自分がわくわくしながら絵と向き合いたいと思います。


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それよりも今まで通り人に絵を教える事や、今注力しているこどもアトリエ青Sundayの活動でプロデュース的な立ち位置に更に専念したいです。それは実行している最中なので良いとして。

こどもアトリエの需要は小学生高学年になると激少します。5年生頃からは絵が好きでも、専門的な方向に行くのであれば、遊ぶ様に描かずにデッサンや美術系の高校や大学を目指すべきかどうかの壁にぶち当たります。問題はここで、専門的な方向への進学を断念した場合、絵を描かなくなったり、あきらめた事にしてしまうのが殆どだという事です。

何故、あきらめないといけないのか? 何故絵を描く事を専門的に学ばない場合には一人でコソッと描くか、描かなくなるかを決断しないといけないのか!?

ここに大きな間違いがあると兼ねてから考えています。絵が好きで描いていたけれど、専門的にやる程でもなかったとか、相対的にそこまでのレベルではないと悟ったから絵を描かない事は、果たして生き方として利口なのでしょうか?

好きで絵を描き続けて自分なりの進歩や憧れていた画家に少しでも近づくための努力は趣味でも続けられる筈です。大体、美術部の顧問はそこをサポートしてあげるべきだと思いますが、あまりに程度が低いし、指導力がありません。そういう事は文化祭や学園祭の美術部の作品のお粗末さを見れば一目瞭然です。

しかし、私はそんな中で埋もれてしまう子供や思春期・青年期の男女を救う術がないだろうかと考えています。言うなれば美術系に進学せずとも画家にしてあげられる子と関わりたいし、出逢いたいという希望があります。

それを事業にするとか画塾として運営するのではなく、近所の絵描きが趣味で教えているという感覚でやりたいのです。

確かに私は美術系の大学に進学しました。そういう意味ではアカデミックな基礎を叩き込む教育を受けたかも知れませんが、大事なのはそこではないです。

それでは何が大事かを含めて教えたい。それがやり残している事です。

一緒に写生したり、おにぎりを食べたり、歩いたり、絵と関係のない話をして、また絵を描く。ただそれだけで良いのです。一緒に時間を共有することに意味があります。そういう感じで小学生高学年や中学生・高校生と何か出来る方法はないかなぁ。。。

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東ヨーロッパに行けないのであれば、それをやって悔いなく逝きたいですね。(写真はベオグラード中学生相手の書道一日体験ワークショップ)