アトリエ青 Atelier Blue

画家・アートディレクター 石田泰也の日々の活動風景をお届けしています

いんしょうは

小学生の頃にクロード・モネの画集を見て印象派の虜になった時に「画家になりたい」と本気で思った気がします。独学で油彩画を始めたのは中学生の時でしたが、今は透明水彩ばかり描いているので、印象派とは無関係な様に思われるかも知れません。しかし、私の基盤は完全に印象派で出来ています。

印象派の最大の特徴は、なんといっても色の視覚混合であり、キャンバスに配置された原色同士を、離れて観たら違う色に感じるところです。視覚混合で検索すると、大概このように原色という文言がひんぱんに飛び出しますが、実際は原色に白を混ぜているので、その時点で原色とは呼べないのです。この辺りで、独学の場合は一回壁にぶち当たるのですが、とにかく原画を間近に観て研究するのが一番の勉強でした。

一方の透明水彩の特徴は白を使わず、水の魔法が最大の売りなので、色を配置して離れて観るというものではありません。それだけ考えても白を混ぜた原色を配置する印象派は体現出来ません。本当にそうなのか? 

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理論的には白を使わない印象派絵画は存在しないのですが、精神性の意味で印象派から派生した透明水彩の風景は描けると考えて臨みました。先に水の滲みによる透明水彩ならではの味を出してしまいます。

 

乾燥させて、そこにタッチを入れていくのですが、ここで白を混色すると、もうそれは透明水彩ではなくなりますので、細心の気遣いで色の濃度を制御しました。

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行きすぎると、どうしても「ほぼ油彩画じゃないの!?」と思われてしまう画調になってしまいます。

ここでも白絵の具を絶対に使わずにクレヨンの白・そらいろ・黄緑・オレンジのみを少しスパイスとして使います。そうして重くなった箇所を一定の明るさまで持ってくる事が出来ます。

その様な手順描くことで、透明水彩だけど印象派 というテイストの風景画になりました。これは、印象派への恩返しであり、印象派がなければ私は画家にはなっていなかった。そういう自分の根幹を再確認する作業としました。

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油彩画であろうと透明水彩であろうと、絵を描くのに技法にとらわれる必要などはなく、なんでも構わないのですが、先駆者を敬うことはとても大事だと思うのです。