ファンでもある民藝運動の先駆者の一人、河井寛次郎記念館にようやく行く日に巡り会いました。http://www.kanjiro.jp
先ずは庶民的な定食屋で早めのランチタイム。ビックメンチカツ定食でお腹を満たして。
※京都の街中にある巨大な登り窯
民藝運動は、中心人物にバーナード・リーチや柳宗悦がいる庶民の生活に根差した藝術です。
そこには、芸術を非日常の時空や内面の発露など閉鎖空間で開示するのとは違い、暮らし自体をプロデュースし、実用性を伴った心地良い調和や美学を見出した物である事が特徴です。
中でも先鋭的でバイタリティに溢れた制作活動で知られる陶芸家河井寛次郎は、詩人としても知られ、木彫や版画、家具や建具の意匠から制作まで幅広い表現で人気です。
地に足がついた言葉「仕事が暮らし 暮らしが仕事」は、30代の頃の地に足がついていなかった私を鼓舞する、大きな問い掛けとして耳に残って今に至ります。
食べるように、寝るように、話すように、働く、仕事と暮らしが同義である感覚で、表現やものづくりに勤しめばきっと自ずと良い物は生まれるだろう。
それを体現した大らかで丁寧な遊びに溢れた魅力的な花瓶。
その事は理解出来ても方法論が全く掴めないまま20年以上が過ぎました。河井寛次郎に羨望の眼差しは送れど、その様に働くには、暮らすには一体どうしたら良いのやら。。。?
皆目検討が付かないでいた私でしたし、探究心やエネルギーが枯渇せずとも放流の如く彼のように流れる気力は毛頭持ち合わせてはいませんでした。
それでも、ここ10年を掛けて自分なりに徐々に腑に落ちる境地に達したのは、彼の言葉や他の詩、何より作品に触れて、吸収した成果でもあります。
河井寛次郎が暮らしと仕事を果たした自前の家を記念館に設えて開放されている河井寛次郎記念館に初めて伺うと、いつもは陶芸作品のフォルムや表面に目が行きがちな私を、圧倒的な精神性を備えた彼の宇宙に包んでくれました。
「仕事は暮らし 暮らしは仕事」の真意をわかった風になっていた自分が、まだまだ山裾をウロウロしているに違いない事に直面して、ひたすら自戒の念に陥るしかないのでした。それは志の高さの違いでもあります。
部屋のそこかしこに生前の彼や、仲間との時間が感じられて抱擁を受け
登り窯の側の火の通りを調整する陶器のブロックに宿っている彼を強く感じて、写真に収めずにはいられませんでした。