アトリエ青 Atelier Blue

画家・アートディレクター 石田泰也の日々の活動風景をお届けしています

絵の先生の独り言

教え方をどこかで学んだ経験もなく、自然と絵の先生と周りから言われるようになって久しく、最近はそれが一番分かり易い自分の肩書きである事を自認しています。

しかし、先生とは人の上に立つものではなく先々までの経験を既に踏んだだけの者、先を生きたから「先生」と呼ばれるだけであり、決してそれ以上に敬われる必要はなく、それに溺れると自滅します。

洞窟探検に例えると、最初に穴に潜り込んで一番奥にある物を見て戻って来た人という感じになります。または行き止まりを経験した事も大事です。

だから具体的な準備や心構えを次に洞窟に入ろうとしている人に助言出来る。ただそれだけの存在だと思います。そして、一つクリアしたら常に違う洞窟を探検し続けるのが画家です。

洞窟に入ったまま戻って来なくなった人は人に教える機会を持てませんが、画家の場合は作品を残す事で饒舌に先生として後継者に学びの機会を与える事が出来ます。私などはそこからのみ学んだタイプです。

何度も洞窟から戻っている場合は、指導者としての活動も継続出来ます。その際には学ぶ者は先生のそれを出来るだけ素直に聞く。それが最低限の先生に対する敬意であり、それは先に洞窟に入った者を信じる態度として示さなければなりません。それは自らのためにそうすべきなのです。先生を立てるのとは意味が違います。先生は上にいるのでなく横にいます。

そもそも学びの本質は指導者に成功の保証を求めず、失敗の容認をされる事でしか育ちません。失敗したくないという概念は捨てなければなりません。

むしろ、失敗をすればする程多くを学べると受け止めた方が賢明です。その意味において絵に取り組む時間を惜しんではなりません。時間がないと決めたのは自分だと自覚せねばなりません。中でも一番いけないのは時間があるのに取り組まない姿勢です。

また才能とは素質です。素質に感謝し、喜ぶ者は更なる飛躍を遂げるが、素質を自ら否定してみたり、それがないと決めつける者はそこで全てが止まるのです。

以上から、まとめますと

①自らのために先生の助言を聞き実行する。

②先生に受講料の対価として成功の保証を求めない。

③失敗したり、上手く出来ない事は練習を重ねる。

④先生に肯定された素質を自ら否定しない。

私なりの愛を込めて指導していますが、これらのバランスが崩れた時には、私との別れが生じるでしょう。世の中には成功の保証をする先生もいますから、そこに行けば良いかも知れません。しかし、それには裏がある事を知っておいた方が良いでしょう。