アトリエ青 Atelier Blue

画家・アートディレクター 石田泰也の日々の活動風景をお届けしています

えっせい。。。

今日は気分を変えて昔、シ・オ・ミ 師匠から依頼を受けて書いたアクトの前説を兼ねたエッセイをここにまとめました。

読み返してみると師匠と最初にお会いした時に「マジックもアートなんですよ。」と言われた通り、絵とまるで同じだという事を再確認出来ます。実際はこれとアクトのコラボレーションで相乗効果を生む仕掛けなのですが、アクトはその日その時一回限りの会場にこだわって演じられるので何もお見せできません事をご了承下さい。

 

星に願いを

ミッキー・マウスの生みの親、ウォルト・ディズニーは自分の子供の為にいつも想像力を膨らませて絵を描いたそうです。ある意味子供は大人に想像力を働かさせる偉大な存在だと思えるエピソードです。彼は後にこんな言葉を残しています。

「与えることは最高の喜びだ。他人に喜びを運ぶ人は、自分自身の喜びと満足を得る。」さて、ここに古い一枚の写真と絵があります。写っているのはある親子。

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いたずらな瞳をした少年は、この頃大好きなお父さんと一緒に二羽のインコを飼っていました。やがてインコはこの世からいなくなりましたが、少年はそんな事をいつしか忘れ、青年になり、ウォルト・ディズニーに憧れてマジシャンを目指し、東京へ上京しました。それから色んなものをみて、色んな経験をしました。多くの出会い、そして別れも。。。

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やがてマジシャンとして忙しく活動するようになった彼を、幾つになってもお父さんはいつも静かに見守ってくれました。インコがいなくなって半世紀が過ぎて、大好きだったお父さんは遂に天命を全うされました。長らく空き家になっていた実家の片ずけをするために彼は故郷を訪れました。

するとそこには当時飼っていたインコの鳥かごが残っていました。裏庭で雨ざらしにになった鳥かごは錆びて、麦わらで編んだ巣は朽ち果てて、みんな土に帰っていました。

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しかし、よく見ると鳥かごの底から小さな二輪の花が顔を出していました。それは不思議な事に昔飼っていたインコと同じ黄色と白い花でした。マジシャンは自分の少年時代に一気にタイムスリップし、なんとも言えない懐かしい感情が込み上げて来ました。

お父さん、二羽のインコ。そして、ウォルト・ディズニーの言葉。「与えることは最高の喜びだ。他人に喜びを運ぶ人は、自分自身の喜びと満足を得る。」今こそみんなに大好きなマジックで恩返しをしたい。マジシャンは心の底からそう思いました。

2017年2月24日

 

信念

マジックだけをやり続けるとマンネリ化やルーティーンに陥るばかりで、視野が狭くなるから良くないと言う人がいます。しかし一つの道を歩き続ける事は容易ではないのです。一つの事しか出来ないのと、一つのことをやり続けるのには大きな違いがあります。

本物を目指すには自己革新の繰り返しが必要です。身の回りで起こる一見些細な出来事や感情の起伏に自分の感覚を総動員して対峙し続けなければいけません。テクニック以上にこれらは大事な要素です。

そうすれば表面的には同じ演技でも、与える印象は深くなります。アートを取り巻くテクノロジーがいくら進歩しても、それはあくまで道具です。アートの根幹は人と人の間にしか生まれません。

シオミさんが今日はクラシックマジックをすると仰った時に直感的に感じたのはそう言った信念です。

2017年7月23日

 

日時計

セルビアでは、朝から晩まで本当に多くの人が公園やカフェのベンチで寛いでいます。老若男女問わず、赤ちゃんを連れたお母さんやお父さんから犬の散歩をする人、カップル、友人同士。本当にリラックスして人それぞれに愉しんでいるのが伝わって来ます。日本人の様に時間をただやり過ごしてる感や、外回り営業の時間つぶしという人はいません。

何故こんなに違うのか、ふと考えてみました。一言で言うとセルビアの人は全ての時間に主体性をしっかり持っているからではないでしょうか。だからそんな日常的な風景が様になっていて、頑張りすぎて自分を見失う日本人とは違い優先事項がはっきりしている訳です。

私も毎日出掛けては、ホテルに帰る前にどこかのベンチで一服するのが日課でした。ある日、私がサヴァ大聖堂の公園のベンチで煙草を吹かしていると、目の前に杖をついたひとりの老女が腰掛けました。

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西陽が長い影を引っ張った様をみて、何気ない光景が、凄くいい絵になります。思わず写真に収めました。帰国してその写真を描いているとおばあちゃんの影が日時計の影に見えたのです。それも120年で一周する様なゆっくりとした歩みを刻む日時計でした。

何故そう思ったのでしょうか。ただお年寄りだからというのでなく、その方がベオグラードで生きてこられた歴史、戦争時代に過ごされたであろう少女時代、青年期、家族が出来て家を旅立ち、ご両親も亡くなられて、先頭にたった。

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そんな勇ましい姿に圧倒されたのです。ひとりのおばあさんが世界の時間感覚を変えてしまう。人間が歳を取るというのはそういう流れを作るのだな〜と感慨に耽ったのでした。

2017年11月23日

 

 光の雫

シンバルは金属板を丸くくり抜いて作られると思われがちだが、本当に上質のシンバルは、ぐるぐるに巻いた銅線を叩きこんで徐々に円盤状になる。それを聞いて私は土星の環を連想した。シ・オ・ミがイスタンブールで見た職人による気の遠くなるような作業の蓄積。そこには最高の音色を放出するための平原が広がっていた。土星の環も離れて見ると美しい平原のようだ。それは氷のかけらの集合体だ。私にはシ・オ・ミが奏でる音色が、土星の環を形作っている氷に太陽光がさし、キラキラとこぼれ落ちる光の雫に共鳴しているように見えた。

2019年1月17日

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