アトリエ青 Atelier Blue

画家・アートディレクター 石田泰也の日々の活動風景をお届けしています

歌もアート

日曜日は、冷え込みが早まり雨が予報されていましたが、幸い崩れる事もなく「秋のコンサート サニー・サイド・オブ・ライフの世界」を無事に開催出来ました。ご来場頂きましたお客様にはこの場をお借りして心より御礼申し上げます。

歌は作詞・作曲された時点でこの世に作品として出ますが、歌い手が誰か、どう唄うのか、聴かれた方の中でどう膨らむのかにより千差万別になります。やはり絵と同じで聴いている方の数の分、アートが生まれるのです。プロではない我々の様なファミリーではオーケストラ編成で編曲を構成するのは不可能です。大体ギター2本とベース、パーカッション(打楽器)で編曲します。ピアノが欲しいなと思っても、ないものは仕方ない。それでもカラオケの様に自己満足と自己陶酔を無理くり聴かすのではなく、聴いて頂く感覚は逆に研ぎ澄まされるのです。

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カラオケは娯楽として好きでしたが、人前で一年に一回程唄う様になってからここ3年程カラオケに行かなくなったのは、そこなんだとふと気付きました。カラオケを否定するのではなく、同じ曲を唄ってもライブでは全く違うものになるのです。その魅力というか、その歌の在り方が本物だと気付いてしまうと、私の性格上、カラオケが余りにも空虚で仕方がなくなります。

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5年ほど前にある自治会での師匠の催しを手伝いに行った際に、奥さんのコーラスグループの歌をたまたま聴いた時に、物凄く心を撃たれて身震いした経験があります。確か12〜15名くらいで私より一回りは年長の方が多かったと思いますが、その方それぞれの人生、今生きているというその瞬間、思い出、哀しみを乗り越えた月日などを語るわけではないのに伝わって来ました。中には涙こらえて唄われている方もいました。きっとそれが私が初めて聴いた本物の歌だったのかも知れません。ふと見たら師匠も泣いておられました。師匠は私とは違って本物は何かという概念をとうの昔に、悟っていらっしゃたのでしょう。

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最後に、サニー・サイド・オブ・ライフ ジュンさんの唄をバックに3本リングを演じられるシ・オ・ミ師匠。

最近ずっと記事にしている「公開講評シリーズ」での私のコメントはこの時の経験やコンサートで唄う側に回ったり、セルビアの個展のオープニングでボロボロに泣きながら唄ったり、そういった事がなかったら書けない様な気もするのです。感受性の精度は歳と共に高まるので、歳とる事は素敵だなぁと思います。

日曜のコンサートは正直音質や、演奏、展開など酷いもので、プロなら許されない不手際、不完全さに溢れていましたが、本物の瞬間は頻繁に訪れました。本当に有難い有難い勉強をさせて頂き、これを絵でお返ししたいと思うのでした。

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当日はビジネスホテルで一泊して翌日の水彩画教室へと向かいました。この記事に私の唄う動画は貼りませんが、親友の腹話術パフォーマー ニッシャン堂の出番もあったので、そのさわりの箇所だけYouTubeにアップしました。3分もない動画ですのでご興味お持ちの方はご覧下さい。

https://youtu.be/_-oD6Vw5gWA