アトリエ青 Atelier Blue

画家・アートディレクター 石田泰也の日々の活動風景をお届けしています

成功

前回の様な人に受けない話には実はまだつづきがあります。私のブログは人気取りはせず、読者を狭めて閲覧数が減っても持論を展開するのがポリシーなので、既にうんざりされた方はスルーされて下さい。

かつて虚栄心・野心だらけの私は、過去形でなく今尚それと拮抗して日々を送っていますが、半世紀を生きて徐々にましになりつつあります。そもそも成功というものを手に入れる過程でそれらは必要なものに思われがちですし、ブログに掲載している私の活動もそれを体現している様に見えるかも知れません。そうではないのですが、誤解を受けて「偉そうだ」とか、誹謗中傷される事はあります。そういう方は病理学的にサイコパスに近い方なので縁を切ることに徹しています。

話が横にそれましたが、私も画家を生業(なりわい)にしたりとか、対外的な評価を得ない事には成功に辿り着く事はないと子供の頃に刷り込まれていたので疑う事もなかったのです。それ程に絶対的な価値観として肯定的な言葉としての「野心」は蔓延しているのです。それはもうコロナ以上に恐れるべきです。

大学の同期がスーツを着て就職活動をしているのを横目に、フリーターをしながら某アンダーグラウンド映画の自主上映団体の雑用係を2、3年やっていた事があります。きっかけは、上映団体のリーダーの女性がデッサンモデルとして大学に来られていて、映画研究部を訪ねて来られたのが縁でした。それからちょこちょことその方の家に遊びに行ったり上映活動を手伝ううちに、看板描き、チラシまき、会場の掃除、機材の設営、後片付け、荷物運びなどをさせて頂きました。人見知りの私は色んなお店に頭を下げてチラシを貼らして頂いたり、設置をお願いするのが苦痛でした。しかし、それ以外の雑務に関しては喜んでしていました。役に立ててる事が気持ちよく、尊敬していたリーダーに重宝がられるのも嬉しかったのだと思います。

そういった雑用係や取り巻きは5人程いましたが、彼らは結構要領が良くて、私が掃除し終わった頃にやって来たり、上映の途中で帰ったりと身勝手な振る舞いが多くてひんしゅくを買っていました。掃除や片付け、荷物運びなど、一番面倒に思えて、誰かがやれば済む事に責任を持つのは、損な役割だと考えているのでしょう。私は総合雑用係を一貫して続けましたが、そこに野心は一切ありませんでした。ギャラは金銭ではなく、アートや映画、映写について色んな事を教えてもらえる事でした。それがとてもいい勉強になったのです。

この時期を私は下積みと解釈しています。TVなどで芸人がよく下積み時代の苦労話を懐かしそうに話すのを目にする事があります。芸人と芸術家を一緒には語れませんが、下積みを経験出来た事は私の宝だとずっと思っています。そして、今も私は下積みを続けていく覚悟はあります。そうすれば、虚栄心や野心から遠く離れていられるからです。今も企画した展示会の裏方、チラシまきはずっとやっています。若い時と違うのは、手伝って下さったりサポートして下さる方が周りに増えて来た事です。若い時はリーダーや先輩に「石田君」と呼ばれていた者が、仮にも絵の教室をやったりしているので「先生」と呼ばれる事は増えましたが、私自身は雑用をしているとただの「石田君」に戻れる。それが自惚れそうな時、虚栄心に自己陶酔しそうな時のストッパーの役目を果たしてくれます。

そういった意味で下積みは一見不遇な時代と思われがちですが、望んでした方が良いと思います。成功に対する努力はして当たり前だし、誰でも好きな事ならするでしょうが、そういう頑張りではない、誰の目にも止まらない様な、誰もが避けたいと思う行為の中に教えは潜んでいます。

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※写真は本文とは一切関係ありません。