アトリエ青 Atelier Blue

星つりじいさんの日々の暮らしをお届けしています

神 業

クリント・イーストウッド監督主演作品「運び屋」の話です。 原題は「The mule 」(ラバ 頑固者、強情っぱり、麻薬密輸品などの運び屋、drug muleは麻薬を密輸するために, 外国からの運び屋として雇われるしろうと旅行者を言う。ネットからの抜粋)

クリント・イーストウッドは省略話法や間接話法、また回想(フラッシュバック)で物語を語る名手です。

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また、異世界から実体を伴って主人公が現れるという、まるでSF的な設定要素を西部劇やアクション映画に平然と取り入れてしまう事が多々あります。これはかなり個性的であり、彼の一番の独自性かと思います。参照作品としては「荒野のストレンジャー」「ペイルライダー」「ブラッドワーク」「ルーキー」などが上げられます。

今回の「運び屋」はそれを遂にここまで来るかという最高到達点で成し得て身震いがしました。

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話は実話をベースに脚色したオリジナルストーリーです。たまたま90歳の老人がアルバイト気分で闇の搬送業をするのですが、それが一回だけと決めてはいたものの法外の報酬や、金の力そのものでパワーを得る人間になれる事を知って深みにはまります。

人間の欲を犯罪サスペンスで料理するのかなと、思って鑑賞していても、何故かはぐらかされる方向に脱線して行きます。ここから先は、完全にネタバレですが、読んでもらってから鑑賞されても良いのではと思います。

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むしろ、主人公は悪びれず人生を謳歌し始めます。そのように見える一方で家族から孤立して行きます。そして終盤、危ない橋を渡り過ぎた結果、自業自得と言うべき命の危険に晒される事になります。というか確実に殺されたに違いないのですが、その箇所は描かれません。それどころか直ぐに次のカットで車中の主人公がゆっくりカメラ目線を送ります。

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実は、この目線一個でここから先は死ぬ前の一瞬に見た夢、または死者がゾンビとなって話が展開するサインだと気付きます。つまりカメラを見るという事は観客にここからは秘密(うそ)だよというメッセージを送る訳です。

玉手箱から煙が出て、白髪になるのでなく目線一個。こんなシンプルでさり気なく簡素な演出があるでしょうか!全体に実に簡潔で、贅肉がないのに柔らかい肌合いに感心して唸りながら見入っていましたが、このカメラ目線は最初意味不明で「えっ!」となりました。

見終わって何を見たんだろうと違和感が終始付き纏って3日経った辺りで、「浦島太郎」だったんだとわかったのです。「浦島太郎」は竜宮城の件がある意味夢だったというオチですが、「運び屋」は死に行く主人公の見る夢が、金儲けではなく、家族に受け入れられ、家族と過ごす時間こそが金だと気付く夢です。

とはいえ、これは私の解釈であり、クリント・イーストウッドもそれを限定してはいません。ただ、仕掛けとして、一回だけカメラ目線を送っておくよという事でしょう。彼のファンからしたら、もっとも効果的でかつ自由な映画の境地に達した監督クリントの、これぞ 神業 と言えるものを楽々と見せられて圧倒される喜びにただ浸るばかりです。これは絵に使えますね!

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余談ですが、ずっと前にアップしたこの絵は私からクリントへのお礼です。これを神業とはいう気はさらさらないですよ。失敗作です😅

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