先日「マスキングの罠」でご覧に入れた水彩画があまりにも退屈極まりない愚作でした。心機一転、誰にも描けない様に、自分流を貫く絵を描きました。
何も正確に描いていないし、何処から始まって何処で終わるのか定まらない全ての線。それは裏返せば、説明を放棄してどういう線を走らせたいかだけで画面を成立させる行為です。
一枚目が線ならば、2枚目は面で画面を作りました。窓は一箇所たりとも正確に並ばないで、車も描いていませんが、全てが蠢いている。そんな感じを狙いました。
この様に空のない構図の場合は、それでも視線が何処かに抜ける様に仕掛けます。本作の場合は、もちろん道路が市街に入って行くことで奥行きが出ます。しかし、それは抜け感とは意味が違います。画面の下が暗調なのに対して上部を明るさで満たすことで気分が高揚する。それにより視線が抜ける。心理誘導ですね。